そらいろ

そして 君に 恋をした!

苺は最後だろ?

画像整理やらなにやらをしていたら、わたしが山田くんから裕翔くんに降りた時の自己申告書のようなものを発掘しました。

ので、担降りのときの自分の気持ちや今の気持ちを振り返る作業でもしようかなと。

 

そんな自己申告書には 2013年7月31日をもって山田担を降りたこと、1年近く降りるかどうしようか悩んだことが書いてありました。

 

この日、わたしは今日をもって山田担から裕翔担に降りますと宣言して、その前に親しい数人にはそうしようと思っている旨を話していました。

今思い返せば、自分は裕翔担になるんだと外堀から自分自身を攻めていたのだと思います。

山田くんと裕翔くんと掛け持ちになってどちらが好きなの?とふらふらして、どっちも!と答えてはいましたが、きっと随分前から裕翔くんの方が好きで、中途半端なのは自分自身に嘘をついているみたいだなと思っていたんでしょう。1番が2人いるという状況じゃなかったのは、コンサートに行った際、誰を追い掛けているか、誰の行動を一番多く覚えているか、そんな曖昧な自分の記憶からも明白でしたし。

担降りなんて、ファンの自己満足で、本人たちには何も関係のない行事なのになんでこんなに悩まなきゃいけないんだろうと思ったり。お友達やら今まで追い掛けてきた自分に対しての罪悪感みたいなものが覗くんでしょうか。未だによく分かっていないのですが。

 

ジャニーズの中で、山田くんしか見えない!他のメンバーなんて嫌い!と思っていた時期もありました。

というか正直裕翔くん大嫌いでした。彼がテレビに映るだけで嫌悪感を抱いていたことは今でも鮮明に思い出せます。もう、7年以上前の話なのですけどね。

今では絶対に言えない台詞ですが、山田担になった当初、JUMPの中で一番嫌いだったのは間違いなく裕翔くんでした。なんなんだろう…って思ってました、実際のところ。

あの頃の私に言ってやりたい、『のちにその大嫌いな人の担当してるんだよお前。カッコイイ大好きって言ってゴロンゴロンしてんだよ。』って。絶対信じてもらえないでしょうね、ハイ。

何も知らず幼かった自分が言いそうなことです。本当に山田くんしか見えておらず、なんで山田くんが真ん中にいないの?って、心の底からそう思っていたと思います。

多分きっとそのようなことは言ってたでしょう……と言ってもその頃はヲタクだったわけじゃなく、テレビをただ見ていて思っていたことだったので、何処かに何かその時の私の心情が残っているわけじゃないですが。

しかしその大嫌いだったはずの裕翔くんはいつの間にかわたし順位でJUMP内2位になり、いつの間にか山田くんまで抜いて堂々の1位に君臨してました。

 

さて何があったのか。ちゃんとしたことは覚えてはいませんが、きっとゆとやまを好きになったというのが大きいんだと思います。

2009年、地方民だったわたしはテレビでJUMPを見ることが出来なくなりました。あのCDを1枚も出さなかった年ですね。ならばコンサートがあるじゃないかと言われそうですが、FCにも入会していなかったために、コンサートに行くことも出来ませんでした。1年間、慢性的なJUMP不足に陥ります。

その頃、狂ったように雑誌を読み漁っていました。テレビで見れていた頃には絶対にしなかったことです。2009年には詳しくても2008年には全く詳しくない現象もきっとあの頃は起きていました。今はもう昔すぎて何が何年のことなんて覚えてはいませんが。そこで色んな文献を収拾して。それからわたしの中で何かが変わったんだと思います。

裕翔くんがいなかったら山田くんは今、ここにいない。『ゆうとくんとやまちゃん』という存在が運命的であることに感銘を受けたのだと思います。

今も大好きで今も追い掛けているから、こんな台詞が出るんでしょうけど。

氷河期とされていたその時代にふたりのエピソードが新たに追加されることはほとんどなかったと思います。互いの名前が出てくることも珍しかったかなぁと。

ですが、Jr.時代のあれこれを読み直していれば、彼らが尊敬し合っていたことは読み取れて。

なんでわたしは裕翔くんを嫌っていたんだろう…?と思い始めます。明確に「ここが嫌い」だと言える理由はなかった。人間性が嫌いだったわけじゃないし、歌やダンスに不満を持っていたわけでもない。ただ『山田くんより上にいるから』なんていう幼稚な理由しかなかった。

だからその頃のことを今のふたりが無かったこと、というか「幼かった自分たちの馬鹿馬鹿しい言葉」の如く語っていることが心苦しかったりもします。先輩後輩だったから言えないことはあっただろうけど、そんな風に蔑んだ言い方してほしくないなって…まぁこれもヲタの勝手な心理ですけど。*1

ゆとやまを好きになって、裕翔くんを好きになって、なんとなくどちらつかずの状況が続き、一昨年裕翔くんを追い掛けるということに決め今に至るのですけど、何が変わった?って何も変わってないんですよねあんまり。

一番に応援したい人が変わった、それだけで、あんまり変わってないんだと思います。担当変わったから元担の話しちゃいけないんじゃないかとか、元担のこと好きって言っちゃいけないんじゃないかとか…そんな風に考えてた昔のわたしは、そのために担降りを1年強躊躇って、そしてあの日に至るわけですけれども。

 

7/31の日やらその前やら『山田担降ります』宣言した時、何を一番に言われたかって「山田担だったんだ!?」って。あんまり自分が口に出していなかったなとも思いましたし、当然の反応だったように思いますけれども。「あれ、裕翔担だと思ってた」とも言われましたしね。

なんだかだいぶ拍子抜けしたの覚えてます。あぁ、やっぱりそうかって思っていた部分もありましたけど。

別に何も悩まなくってもよかったのかな、って。何もなかったように変えていても誰も気づかなかったのかなとも思いました。

それでも、どっちつかずな状況を知ってくれていた子たちには、「やっと決意したんだね」って。言ってもらえましたけど。

 

 

『わたしが今裕翔くんに降りようとしていること、それはやまちゃんを好きにならなかったら有り得なかったこと』

自己申告書のその1文がきっと全てかなぁと思います。わたしの担降りを1文で表すとするならきっとそれです。

わたしは、批判するのであれば、その人や物のことを知らねばならない。何も知らないやつは批判なんかしてはいけない。…というのがモットーなので。(なので何も知らないくせに批判する人は許せません。知ってから言えって思います。知った上での言葉ならそれはアドバイスになると思っています。)

だからきっと裕翔くんのことを知ろうとした。山田くんの発する『裕翔くん』を飛ばさずに読むことにした。そしたら好きになった…いつもそうなんですけど。*2

入り口なんてそんな簡単なものなんだと思います。山田くんを好きになったきっかけは間違いなく母親でしたけど。*3

 

何が言いたいか分からなくなってきましたけど、きっとわたしが山田担だったことを知らないお友達も、裕翔くんが大嫌いだったことを知らないお友達も増えてきたように感じましたのでこのようなことを書いてみました。

山田くんしか見えていなかった自分が知ろうと思わなかったことを、裕翔担になったからではなく、山田くん以外を見るようになったという理由でたくさん知れたと思ってます。

まぁ、単純に彼らが年を重ねる分だけ自分も同じように年を重ねるわけですから、それ相応にわたしも大人になっていかなきゃファンとして情けないとも思いますしね。よかったよかった。

 

title by アメジスト少年

 

*1:ベストコンビ対象グラビアでの中島「何かめっちゃ、ほめあってたんだって。もうそこがムリしてるよな。山田「ね。くだらないね」中島「ホントだよ〜」を読んだ率直な感想

*2:知った上で批判しようと思った結果好きになった例:宮崎美穂さん。ひょんなことから彼女の名前を知り(このひょんなことが問題なのですが)、誰だよお前!ってなって調べていたら、なんと好みのお顔をなさっていた上に歌もダンスも笑いも出来るお方であるのを知ってしまったのです。2010年夏ぐらいの出来事ですね。

*3:

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