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そらいろ

そして 君に 恋をした!

スーパーアイドル

 

『センター外された悩み告白』

今週末の行列での裕翔くんからの言葉を前に、これまでの雑誌で裕翔くん・山田くんが語ってきた相手への心情、センター交代劇前後その時の心情をまとめようと思い立ちました。

バラエティで語られることはほんのわずかだと思います。

都合の良いように面白おかしく編集されては、どんな風に視聴者に伝わるのかわかったもんじゃない。

雑誌媒体にしても同じことが言えるとは思いますが、バラエティよりは真剣に(ファンにとってはキツいぐらいの)お話をしてくれていると思っているので、抜粋ではありますが、まとめてみました。

裕翔くんと山田くんのコンビが大好きなファンの戯言です、しばしお付き合いください。

 

 

まず、2010年8月号M誌。

久しぶりの山田くん・裕翔くんの対談が組まれました。

確か『山田くんと誰に対談してほしいか』というファン投票で選ばれたのだったと記憶しています。

この頃はまだ、所謂氷河期真っ只中。お互いの名前を出すことも今に比べたら格段に少なかったと思います。

中:仕事の帰りはいっつもいっしょに帰るようになって、ホントいろんな話をした。事務所入って1年くらいしたとき、山ちゃん、Jr.をやめたいって悩んでたの覚えてる?

山:あー、同期の龍太郎とかはっしー(橋本良亮)が、裕翔くんといっしょにグループを組んだときだ。俺だけそのグループに入れなかったのがつらくて、やめようって考えてたんだよね。

中:俺は、「そんなのおかしーよ!ダンスだってうまいのに、なんでやめなきゃいけないの!?」って引き止めてた。けど正直、俺もきまずい部分はあったんだ。山ちゃんとはすごく仲よかったし、シンメ(隣同士)でも踊ってたのに、俺だけメンバーに選ばれちゃった…って。更に山ちゃんの悩みを聞いて、俺まで暗ーい気分になってた。

山:そりゃそうだよね。俺もまだ子どもだったから、そういうこと言ったら相手がどんだけヤな気持ちになるかってことまで考えらんなくて、ちょうどそのあと、落ち込んでた俺を裕翔くんがハワイに連れてってくれたんだ!

中:仕事で、Jr.何人かがハワイに行くことになったんだよね。最初山ちゃんはメンバーに入ってなかったんだけど、いっしょに行きたくて俺が誘った。

山:ありがたや〜。そんときまだパスポート持ってなかったから、俺のせいで出発が1週間遅れたんだけど(笑)。ハワイでも、ずっといっしょに行動してたよね。ホテルも同じ部屋だったし。

中:もうめっちゃ仲良くなってた。 

 

 

この時はこう語っていた2人でしたが、この4年後、2013年末に7会が開かれ2人の"雪解け"を迎えた後の2014年4月号のM誌一万字インタビューで裕翔くんはこう語っていました。

「自分じゃ、調子に乗ったりしてる感覚はなかったんですけど、今思えば、気づかないうちに、どっかおかしくなってたと思うんです。幼かったな。凄く後悔してることがあって」

———後悔?

「山ちゃんが入って、1年くらいかな。”やめようと思ってる”って相談されたことがあって。ずっと、言ってるんですね。ホームで電車を待ってるときも、乗ってるときも。”俺、やめよっかな”って。山ちゃん、踊りうまいって、みんなに言われてたんです。なのになんで、やめようと思うんだろうって思って。鈍感だったな。みんな、少しでもいいポジションに立ちたいって努力してるけど、なかなか報われないから悩むわけで。なのに、なんでやめたいと思うのか、なんで僕に相談してくるのかさえ、わからなくて」

———そっか。

「今、思い出しても胸が痛いです。なんでもっと真剣に話を聞いてあげなかったんだろう。”大丈夫だよ。いっしょにがんばろう!”って背中を押してあげなかったんだろうって」

(上記2つの抜粋は直接センター交代劇とは関係のないものですが、2人の関係性を表すものとして取り上げさせていただきました。) 

 

 

本題の、センター交代劇について。

先にはっきりと口にしたのは(多分)山田くんです。

2013年11月号のM誌真紅の音にて、『ライバル』というテーマで語られたものでした。

初めて特定の誰かをハッキリとライバル視したのは、裕翔だった。タッキー&翼のコンサートで代役をつとめて以来、裕翔とシンメで踊る機会が増えていったことも関係してたかもしれない。当時の裕翔はテレビで歌ったり踊ったりする以外にドラマや舞台の仕事も多くて、いつも忙しそうだった。俺も、このまま努力しつづければ、裕翔みたいな人気もになれるかもしれないって思ってた。でもJr.の中で誰か1人がセンターをつとめるとなると、選ばれるのは必ず裕翔で、俺はその後ろ。俺になくて、裕翔にあるものって何だろう?今までいくつもの背中に追いついてきたけど、もしかしたらこの背中の前にだけは立つことができないのかもしれない。裕翔の後ろ姿を見ながら、そんなふうに思い悩む日々がつづいた。

だから、JUMPがデビューして、『Dreams come true』のPV撮影でスタッフさんから「山田と高木(雄也)が真ん中に立って」って言われたときは、自分のまわりにだけ雷が落ちたみたいに何が起こったのかわからなかった。”今回だけかな?”って思っていたら、次のシングルのセンターは俺1人だった。そこは、Jr.時代からずっと”いつか立ちたい”って思い描いてた場所。ようやくその夢が現実になって、”俺も少しはまわりから認められたのかな”ってうれしかった。でも、裕翔とはおたがいの立場が入れ替わっちゃった気がして、どう接していいかわからなくなっちゃったのは複雑だったな。

あれから5年。俺は大人になったし、裕翔に対する気持ちを整理するには十分すぎるくらいの時間が流れた。おたがいにたくさんの経験を積んできた今も、裕翔にできて、俺にできないことはたくさんある。ドラムやタップダンスを仕事にいかしたり、雑誌のモデルをつとめたり、カメラや乗馬に挑戦したり、いろんな色を見せてくれる裕翔は本当に魅力的だと思う。俺がここまで来られたのは、間違いなくそんな最高のライバルがいたおかげ。ライバルだと認めた裕翔だからこそ、これからもずっと切磋琢磨し合える関係でいたい。

 

その次に語ったのは裕翔くん。上記にも一度記した、一万字インタビューでのことでした。

「決定的だったのが、2枚目のシングルのPVの収録で。振りつけ師さんから突然、山ちゃんと僕の立ち位置を替われってって言われて」

———事前に言われたんじゃなくて?

「収録現場でいきなりでしたね」

———理由は聞かなかった?

「聞かなかったです。あの瞬間は、やっぱり落ち込みました。精神的に荒んだっていうか。そういった心の変化にも、ファンの人は気づくんですよね。ファンレターに、”表情が変わりましたね”みたいなこと書いてあったりして。たしかに、そのころの写真を見ると、けっこうきつい顔してて」

———ずっと見てきたファンだから、ちょっとした変化にも気づくんだろうね。

「そうですね。仕事も一気に減って。ひと月で、仕事が取材1件しかないときとかもあって、ひさびさに仕事でメンバーに会ったりすると、 ”みんなはほかにも仕事してたのかな?”とか不安になって。僕、高校一年生のとき学校で皆勤賞を取りましたからね。素晴らしいことなんですけど、やっぱり、それまでの忙しさと比べちゃって」

———不安だよね。

「すっごい落ち込んで、自暴自棄じゃないですけど、なんか部屋でふさぎ込んでたときとかありましたね。”なんでみんな、そんな比べんだよ”って。考えてもしかたないことをずっと悩んで、負のスパイラルに陥っちゃって」

———悩んでること、誰かに相談した?

「しなかったですね。メンバーにも、家族にも。平気だよって振る舞っちゃうんですよ。なんでもないよって」

———ポジションについての悩み、どうやって解消したの?

「何か、おっきなきっかけがあったわけじゃなくて……。もう、たぶん限界までいったんです。ひがみや嫉妬が。限界までいって、ふっきれた気がします。”待てよ、俺は俺で違う道をいけばいいんじゃないか”って。センターだからできる仕事もある。でも僕にしかできないことだって、きっとあるんじゃないかって」 

 

次に語ったのも裕翔くんでした。2014年7月ジョンCOLORSでのインタビュー。

「いや、俺も普通に腐りそうだったよ(笑)。でもそんなときに、昔ジャニー(喜多川)さんが言ってた「腐ったらダメ。誰かがどこかで見てる」って言葉を思い出したの。それで、あぁ頑張らなきゃなー、でも出口ないなーみたいな。ギリギリのところで保ってる感じだったね。あとそのころ、この時間を使って何か特技を身に付けようと思って。ドラムやカメラに没頭することで、ネガティブな気持ちを忘れられてたっていうのもあったかな」

(中略)

長いトンネルの出口はいつ見つかった?

「これが結構最近なの。吹っ切れたのは高3とか。別にセンターこだわらなくてもいい、俺には俺の役目だってあるんじゃない?って、それくらいから何となく思えるようになったんだよね。山ちゃん(山田)に何か大きな仕事が決まったら『良かったじゃん。頑張って!』って心から言えて、あれ?すっげーラクだなって。今までどこか表面だけで言ってた自分に対して、なんでもっと人の幸せを喜んであげられなかったんだろうって思ったの。山ちゃんとはお互い20歳を超えて、お酒を飲むようになって関係性がだいぶ変わった。最近はやっと言いたいことが言えるようになったし。山ちゃんって、すごい素直なんだよね。例えば『色んな服が似合うよね〜』とか、何言ってんだよ!?ってこっちが照れちゃうようなこともサラッと言える人。身長とか本気でうらやましがってるときもあるし。そんな山ちゃんを見てると、何か、ギスギスしててもしょうがないなーみたいな、ふっと肩の力が抜けた気持ちになるんだよね」

 

その次に語ったのは、山田くん。2014年8月号M誌の一万字インタビューです。

———そのころ、中島(裕翔)くんって、どんな存在だったの?

「カリスマっていうか、Jr,の中で”裕翔は誰も越えられない”って空気があって。でも、俺だけは越えてやろうって思ってたんだよね。密かに(笑)」

———なるほど。

「でも、俺も限界を感じちゃって。裕翔の壁は越えられないって。やめようかなって思ったことも何度もあって。毎日毎日、怒鳴られて、俺の中では裕翔が振りを間違ったと思う瞬間でも怒られるのは俺だったり。だけど”今のはーーー”って言った瞬間、ポジションがひとつ端にずらされる。だから、”すみません”って言うしかなくて、情けなかったな。言いたいことあるのに、保身のために言えないってダサくないですか?言い返せない男って屈してる自分が許せなくて」

———タッキー&翼のコンサートに、中島くんの代役で出たこともあったよね。

「うん。裕翔の代役だけど、センターに立つわけじゃなくて、同期の一番端。悔しさもあったけど、絶対にチャンスだって。コンサートの2日前に代役が決まって、24曲分の振りつけを覚えなきゃいけない。Jr.の先輩にお願いして、教えてもらって」

———大変だったね。

「でも、必ず誰かが見ていてくれるんだなって。「滝沢演舞場」で出番を待ってるときなんですけど、突然。大倉(忠義)くんに、”キミ、山田くんやろ?踊りうまいなあ”って声をかけてもらって。”えっ!?こんな下っ端の、しかも端っこで踊ってる俺の名前を覚えててくれてるの?”ってすごくうれしかった。そのくらいから、いろんな先輩に声をかけてもらうことが多くなって。一生懸命だったこと、いつかは誰かに届くんだなって」

———そうだね。

「舞台『One!』のときも急遽、裕翔の代役を任されたんですけど、滝沢(秀明)くんが僕を指名してくれたと思ってるんですよね。言われたわけじゃないですけど。それまでの僕を見ていてくれて選んでくれたんじゃないかなって。だから、滝沢くんにも、すごく感謝してて」

———どれくらい急だったの?

「1日2公演あって、その本番と本番の間(笑)。数時間で振りつけとセリフを全部覚えたんですよ。どうにか乗りきったら、社長が客席から走って来てくれて、”やばいよ、ユー!!”ってほめてくれて」

(中略)

———Jr.内で、少しずつポジションが上がっていったこと、うれしかったんじゃない?

「でも、足りない。まだ足りないって気持ちのほうが強くて。満足はしたことないんですよ、1回も。『青春アミーゴ』のバックのとき、裕翔とシンメになって、それくらいから、歌番組で手越(祐也)くんのバックにふたりでついたりもして。裕翔が赤で、俺が青の衣装。そのとき、 ”やっと追いついた”って初めて思ったんですよね。そのへんから、裕翔のことチョー意識するようになって。並んだだけじゃ満足できない。突き抜けたいくらい思って」

———そんなこと思ってたんだ。

「でも、なんか、言い方は難しいんですけど、楽しかったんですよね」

———楽しかった?

「明らかに自分より強いライバルがいて、そこを目指してる感覚が。刺激してくれる人がいるから、俺も強くなれるじゃないですけど」

———セカンドシングル『Dreams come true』では、高木(雄也)くんとふたりでセンターになったよね。

「”センター”って言われた瞬間、何が起こったか全然わかんなくて。“いつか裕翔を越えたい”って思いながら、どっかで越せるわけないって思ってたから。雄也は『ごくせん』で、いい感じにグッってなってたから、今回だけ、このふたりがセンターなんだろうなって自分を納得させて。でもそれからもセンターで定着して、そこから、俺と裕翔の関係は崩れまくりですよね。もう、わけわかんなくて。想像もしなかったことが起こったんで、どう接していいか全然わかんなくて」

———JUMPのコンサートでも、最初のころは、かなり声援の大きさに差があったと思うんだけど。

「歓声が大きいのはうれしかったです。素直に。でも、正直メンバーへの気まずさもあって。違和感を感じたっていうか。”あれ!?なんで、なんで、なんで?”って。その声援、やめてって、一瞬思っちゃったんですよね。なんか、目が覚めたっていうか」

———どういうこと?

「僕は、こうなることを目指してきたと思ってたのに、実際なってみたらちがうって。僕が思い描いていたグループって、こういうことじゃないって」

———それって、小学生のときのサッカーチームで思ったような感覚?

「似てるかもしれない。俺がグループを組みたかったのって、メンバーみんなで同じ目標に向かって、同じ歩幅で、同じテンションで歩いていきたかったからなんだって。ひとりでよろこびたいんじゃない。みんなでよろこびたいからグループになりたかったんだって」

———2008年には、ドラマだけでも4本出演してるよね。

「そんなに出てました?」

———ほかのメンバー以上に忙しくて、どこか孤独を感じたりしなかった?

「ありますよ。それに浸りはしなかったけど、”なんで、俺だけなんだよ”って。でも、今ならわかるけど、ほかのメンバーは、”なんで、アイツだけ!”って思ってたんだろうなって。たぶん、それを一番感じてたのは、裕翔だろうね

(中略)

———でも、”突き抜けたい”って望んでもいたよね。ソロは、そのための近道になるとは思えなかった?

「ヤだよ、置いてくようなことすんの!大好きなんだもん。みんなのこと。俺は、どんな大変なことだって、つらいことだって、すべてはJUMPのためになるんだって信じてたから、ここまでやってこれたわけで。でも、がんばればがんばるほど、結果的にみんなを傷つけてしまう……」

———だから、やめようと。

「メンバーには言えませんでしたけどね。ソロデビューのことについては、雄也と大ちゃん(有岡大貴)にだけ、最初に相談して。そしたら、 ”これをきっかけに、でっかい風穴開けてくれ。いい風、吹き込んでくれ!”って。JUMPでグループメールやってて、俺、”今回はゴメン。ひとりでやってみる”ってメールして。そしたらみんな、”気持ちは分かってるから。がんばれ!”って。しかも、いちばん早く返信してくれたのが、裕翔で。なんか”あれ?”って思ったんですよね。裕翔がいちばん悔しいはずなのに、俺なんかより大人になってるって。なんか、恥ずかしくなっちゃって」

 

2ndシングルDreams come trueの発売は2008年5月21日。

当時中学3年生、14・15歳の多感な少年2人に訪れた転機でした。

直接的な表現で2人が話したのは上記ぐらいかなぁと思いますが、他にも『話さなかった』や『ギスギスしていた』や『ザラザラしていた』など、様々な表現でこの時の心情を語っていました。

2014年4月号withでは

山「裕翔君と俺は、何か話さない時期があったの。お互い意識し過ぎて。ライバルみたいな感じで。そのSEVEN会ですんげー話した。本当この1〜2ヶ月だよね。」

(中略)

山「そう、『お互いあの頃さ』とか。」

中「『マジでお互い嫌いだったよねー』みたいな。だけど、今はそれを言い合える仲になった。お互いを受け入れられるようになって。」

山「うん、成長だと思うよね。」

2014年6月号W誌では

薮「(裕翔くん・山田くん2人の関係の変化を例えて)ホント、ベルリンのカベ崩壊…って感じ」

 2014年7月号ジョンCOLORSでは

裕翔「普通に喋ってはいたけど、俺からしたらやっぱりねたみが生まれちゃうし、ささいなことでも”アイツのここ、気に食わない”とか思っちゃって。それは向こうも同じだったと思うけど、結構ギスギスしてた時期はあったよね。ファンの人が”やまゆと”って呼んで、2人のコンビが好きだったりするのも知ってたけど、それをプレッシャーに感じたり。心がどんどんすさんで、ザラザラしてる感じだった。」

2014年8月号M誌では

ーーーずっと”裕翔くん”って呼んでたのが、いつからか”裕翔”って呼ぶようになったよね。

山「ゆうてぃーとかね(笑)。知念が去年の11月でハタチになって、セブンが全員ハタチになったんです。お祝いに4人でメシに行って。これ、初めて話すんですけど、そのとき、まだ裕翔とは少し壁があったから、”今日は、本音で思ってること話そうよ”って切り出して、”じゃ、俺からいくわ”って」

ーーーなんて言ったの?

山「裕翔に、”ぶっちゃけ、おまえのことキライだった”って。知念も圭人も気づいてたから、”突然、何ぶっ込んでんだ!”って、爆弾発言すぎて、ふたりとも笑っちゃって(笑)」

ーーー中島くんは、なんて?

山「”わかってたよ。それに、俺もキライだった”って。”でも、こういうこと話せてるって、おたがい成長したってことだよね”って。だから、 ”もう、そういうのやめにしようぜ””わかった”って。そっから本音でみんなで話し合って。”これからは、もうBESTに頼るだけじゃなくて、自分たちの力でもJUMPを引っ張ってこうよ”って。そっから、ちょいちょい裕翔を家に呼んだり、ふたりでメシ食い行ったりしてる。あの時間は、すげー大切だった」

 2015年秋号シネマシネマでは

裕翔「自分自身の話で言うと、ごっちを演じる上での葛藤とは違いますけど、僕なりに葛藤はありました。9人いるメンバーの中で、自分にしかできないことを見つけていかなきゃっていうのもあるし、何か武器を見つけたかった。でも山田(涼介)がバリバリドラマの主演を張っているのを見て、彼と自分は同じことはできないって思った瞬間、吹っ切れたんですよね。自分にできないことが分かっているなら、自分ができることに取り組めばいいのかなって。そこから考え方が、少し変わった気がします。どのメンバーにも自分が負けないことですか?…長身なこと?しょーもないですね(笑)。ただ今はこうやってお芝居の仕事を頂く機会も増えたので、本当にうれしいです。」

 

センター交代という大きな出来事により、互いをどうしても遠ざけてしまった2人。

けれど、2010年8月の対談。

裕翔くんはこう、語っています。

裕翔「山ちゃんは、今はいろんなドラマ出たり、もちろんJUMPでもセンターで踊ることが多いっていうのもあるし、そういう姿を見てると、ホントがんばってきたんだなーって思うんだよね。山ちゃんがすごい努力家なのは誰よりも知ってるから、今の山ちゃんが置かれてる状況にも誰よりも納得出来るんだ。たとえば、ダンスをどれだけがんばってたかは、Jr.時代の映像見ればわかるもん。マイク持って踊ってるのは俺なんだけど、どのバックで踊ってるJr.の中でいちばん輝いてたのはいつも山ちゃんだったから。」

裕翔「俺、ダンスでは山ちゃんにかなわないと思ってるんだ。1回、滝沢(秀明)くんの舞台「One!」で俺と山ちゃんがダブルキャストで弟役 をやったとき、社長が「山田のダンスを見てたら涙が出てきた」って言ってたの。それ聞いて、すげーと思った。だから、山ちゃんにはダンスを大事にしてもらいたい。ジャニーズのアイドルって世間からは”そこそこ踊れるけど、プロのダンサーほどじゃない”って思われてる気がするのね。だから、山ちゃんのダンスでその認識をくつがえしてほしい!」

 

更に2012年3月号のd誌。

ドラマ「理想の息子」や9thシングル「SUPER DELICATE」の発売など、2人が一緒にいる機会が増えた頃。

裕翔「オレからしたら、山ちゃんほどカンペキな人は、いないって思うよ。」

山田「あぁ〜?オレのどこが!?」

裕翔「つねに意識を高く持ってるところ。一歩外に出たら、一瞬もスキを見せないでしょ。ドラマの収録現場で山ちゃんを見てると、とくに感じる。」

山田「んなわけない。いまだって対談をしながらイチゴを食べまくってる(笑)。」

裕翔「いや、イチゴってところが、スーパーアイドルだよ。」

山田「スーパーアイドルなのは、裕翔くん。タップダンスもでいて、ドラムもできる。オレには、そういう特技がひとつもないからさ。」

裕翔「特技じゃないよ。ただ好きなだけ。」

山田「それがいいんだって。ドラムたたいてるときの裕翔くん、ホントに楽しそうだなぁって、見てるこっちまで楽しくなってくるもん。」

裕翔「オレもイチゴ食べてる山ちゃん見てると、楽しくなってくる(笑)。この顔、ファンのコにも見せてあげたい!」 

 

そして、2014年8月号のd誌。

裕翔「オレから見て、男としてカッコいいなと思うのは山ちゃんみたいにプロ意識の高い人。あのね、山ちゃんってメリハリがハッキリしてるんだよね。力を入れるべきところはガッと集中して、力を抜くところはちゃんと抜く。そこがオレの”できないところ”だからうらやましい。オレは全部に力が入っちゃうからいつもいっぱいいっぱいだし、超メンタル削ってる感じだもん。 よく山ちゃんに「裕翔はしゃべんなきゃカッコいいのに」って言われるよ。で、「ドラムたたいてるときがいちばんカッコいい。ずっとドラムたたいてればいいのに(笑)」だって。しゃべってるときもドラムをたたいてるときも両方、子どもみたいに夢中になってるときなんだけど、見え方は全然違うみたい(笑)。」

山田「公の場所でカッコつけることは、自分に与えられた役割だと思ってる。コンサートとかドラマとか、何か作品を作り上げるとき、ベストな自分を表現するのは、当たり前のことだからね。人が見てないところで努力をしてる人こそ、真にカッコいい人だとオレは思う。 裕翔は、まさにそういう男だよ。多趣味だし、特技がいっぱいあるし、「特技・寝ること、食うこと」のオレからしたら、マジでうらやましい。嫉妬心も、ある。Jr.のころのオレは、裕翔に負けたくない一心で、必死に努力したんだよ。なんとか追いついたと思ったら、今度は追われる立場になってさ。気づいたら、いままたオレが裕翔の背中を見てる状態になってた。すごくくやしいけど、裕翔の努力を知ってれば、当然の結果だと言える。これからも切磋琢磨できるよう、今度はオレががんばらなくちゃね。」

 

2014年11月号のポポロでは、メンバーへの感謝状として、こんな言葉も。

山田「裕翔、刺激をくれる存在だよ。裕翔が高みをめざすから、俺も目指す!」

 

 

此処まで書いて、何が言いたいかと聞かれると返答に迷ってしまうのですが、バラエティで話される断片的な話を聞いて、山田くんや裕翔くんどちらかが悪者扱いされてしまったり、何かとTLが荒れてしまうのは、本人たちの望むことではないと思いまして。

放送前から心配性炸裂だなぁと言うことははわかっています。

そんな事態が起こることもないとも思ってますけど(裕翔くんが話の中で山田くんを悪者扱いすることなんか絶対ないと思うので)、予告だけでTLが少し荒れてしまった…なんて話も聞いたので。

Jr.時代から一緒でデビューしても一緒で、切磋琢磨しつつここまでやってきた中でたくさんの葛藤を抱え、互いを意識しすぎることで生まれた障壁だったり軋轢だったり…それを本当の意味で乗りこえてその壁を壊してきた2人なんだよ!!ってどうしても言いたくて。

 

最初にも書きましたけれど、裕翔くん・山田くんというコンビが好きなただのファンの戯言です。

2015年の雑誌媒体については私自身ほとんどまとめることが出来ていないので此処に登場していませんが、互いに映画出演が決まったことで『互いに負けないように』とまたその領域で互いに尊敬しライバルと認め切磋琢磨している2人はそこかしこに登場しています。

 

あと、半分ステマも込みなので、裕翔くん・山田くんのコンビが気になった方がいらっしゃったら嬉しいなと思っていたり。

長々と済みませんでした。文章にまとまりもオチもないですね。

 

とりあえず言いたいことは、『このコンビ最高!』です。

 

 

 

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